だれでもわかる・できる・プログラミング
~生成AIとぼくらのビスケット~
生成AI時代の「つくる」を考える
生成AIが文章を書き、絵を描き、プログラムまで作ってくれるようになった今、子どもたちが自分でプログラミングをすることには、どんな意味があるのでしょうか。
ビスケットカンファレンス2026では、小川修史先生(兵庫教育大学)と、ビスケット(Viscuit)開発者の原田康徳博士(合同会社デジタルポケット)による対談「だれでもわかる・できる・プログラミング ~生成AIとぼくらのビスケット~」が行われました。
AIとの出会い、ビスケットのルーツ、試行錯誤することの意味、そして「子どもにAIを使わせてよいのか」。一見別々に見える話題を行き来しながら、対談で繰り返し浮かび上がってきたのは、「結果だけではなく、そこに至るプロセスに価値がある」という考え方でした。

小川先生と原田博士、実は二人ともAIとの付き合いは長かった
対談は、お二人がAIと出会った頃の話からスタートしました。現在の生成AIブームよりもはるか前から、小川先生はAIに関わっていたといいます。
小川先生:
もともと発達障害のある子どもたちのボランティアをやっていました。工学部にいたんですが、「この子どもたちのために何か作りたい。人工知能を使ったら面白いものを作れるんじゃないか」と考えたのがスタートです。
そして、当時から現在まで変わっていないことがあるといいます。
小川先生:
AIに使われるんじゃなくて、AIを使って表現する。そこは今もこだわっているところです。
一方、原田博士も大学時代からAIと接点がありました。
原田博士:
大学の研究室がプログラミング言語を作る研究室だったんですが、そこの先生がAIを研究していたんです。
その先生から、20代の原田博士はこんなことを言われたそうです。
原田博士:
「原田君、いつまでも人間がプログラムを作っていると思うなよ。これからはコンピューターが作る時代が来るんだ」って。
当時は「何を言っているんだ」と思ったという原田博士。しかし数十年後、本当にAIがプログラムを作る時代がやってきました。
ビスケットの「メガネ」のルーツはProlog?
話は、原田博士がビスケットを作るまでの経緯へ。そこで登場したのが「Prolog(プロログ)」というプログラミング言語です。
一般的なプログラミング言語とは考え方がかなり異なり、命令を順番に書くというよりも、「もし○○なら○○」という関係やルールを記述していきます。
原田博士:
「もし何々ならば何々」っていうのが、メガネそのものなんですよ。
ビスケットでは、メガネの左側に「こうだったら」、右側に「こうなる」という関係を絵で表します。つまり、子どもでも直感的に扱えるシンプルな「メガネ」の背景には、プログラミング言語研究の考え方があるのです。
「無駄」って、実は大切なんじゃない?

ここから対談は、少し意外な方向へ進んでいきます。キーワードになったのは、「無駄」でした。
小川先生は以前、駅から駅までの最短経路だけではなく、「途中にどんな駅があるのか」まで表示するアプリを作った経験を紹介しました。便利さだけを考えれば、途中の駅は表示しなくてもよい情報です。さらに、何の役に立つのかわからないようなアプリもたくさん作っていたといいます。そんな話から、「役に立つこと」だけを追い求めることへの疑問が生まれていきます。
小川先生:
無駄って、すごく大切だなと思ったんです。
答えがすぐわかってしまったら、面白くない。大変なことを一度経験しているからこそ、「こうすれば楽になるんだ」と気づくこともあります。
すると原田博士が、
原田博士:
それは「遊び」とも言います。
と応じます。
AIに聞けばすぐ答えが返ってくる。動画は倍速で見る。できるだけ短時間で完成させる。
そんな「ショートカット」が当たり前になりつつある現在。しかし、なぜショートカットしたくなるのでしょうか。
原田博士:
それは、結果が重要だからなんですよ。
そして、こう続けました。
原田博士:
完成品が大事なんじゃなくて、実はそこまでの過程が大事なんです。
一見「無駄」に見える試行錯誤。実は、その行為そのものに価値があるのではないか。この考え方が、その後のAIと教育についての議論にもつながっていきます。
ビスケットでは、なぜ「答え」を教えないのか
ビスケットの教え方にも、この考え方は表れています。
原田博士:
教えないんですよ。「こういう状態を作ってください」と言って、メガネは見せない。
たとえば、「おばけをゆらゆらさせてください」とだけ伝える。完成したプログラムを見せるのではなく、子ども自身に、「こうかな?」「違った」「じゃあ、こうしてみよう」と考えてもらいます。
小川先生:
そこで「ああかな、こうかな」とやるのが試行錯誤なんですね。
ビスケットでは、メガネを少し変えるだけで、画面上の動きもすぐ変化します。
原田博士:
結果がすぐ返ってくる。その試行錯誤の面白さをすごく大事にしています。
そして、もう一つ興味深い話が出ました。
原田博士:
本当は「エラー」ってないんですよ。
コンピューターは、人間が命令した通りに動いているだけ。人間が想定していなかった動きをしたから、「エラー」と感じているにすぎないという考え方です。ビスケットでは、文字でエラーメッセージが出る代わりに、まず画面上で何かが起こります。
「失敗」で終わるのではなく、「なんでこうなったんだろう?」から、また次の試行錯誤が始まります。
AIは「最初」に使う?「最後」に使う?
では、AIは学びのどこに入ってくるのでしょうか。
小川先生は、大学で行っているユニバーサルファッションの授業を紹介しました。学生たちは半年かけて新しいファッションを考えますが、最初からAIにデザインを作らせるわけではありません。
まず話し合う。実物を使って考える。試してみる。
そして、自分たちの中にアイデアの「原型」ができてから、それを言葉にし、最後にAIを使って形にします。
ここで原田博士から出てきたのが、「メガネ → 日本語 → AI」という順番です。ビスケットのメガネでまず考える。それを日本語にしてみる。その先でAIに渡す。
原田博士:
AIをアウトプットとして使うのはいいかな。
AIを「考えることの代わり」にするのではなく、自分で考えたものをさらに形にするために使う。AI時代の学びを考えるうえで、一つのヒントになりそうです。
「子どもにAIを使わせていい?」は、昔もあった問い
会場からもAIの活用事例が紹介され、話題は、「子どもにAIを使わせるべきか」という問いへ。
原田博士は、これは新しい問題ではないと話します。
原田博士:
この問題は何回も繰り返していて、まず「電卓を触らせるべきか」だったんですよ。
電卓の次には、電子辞書などの新しい道具が登場しました。新しい技術が出るたび、「子どもに使わせてよいのか」という議論は繰り返されてきました。
では、AIはどうでしょうか。原田博士は「何かができるようになったら、その後は使ってよい」というような基準を考える必要があるのではないかと話します。
一方、小川先生からは、「教育」と「支援」を分けて考える視点が示されました。
たとえば計算そのものを学ぶことが目的なら、自分で計算する経験が重要です。しかし、計算に非常に大きな負荷がかかる子どもが「買い物をする」ことを学んでいる場合、電卓を使うことで本来の目的に集中できるかもしれません。
小川先生:
何を目的にするかによって決まってくる。一概には決められないと思います。
AIも同じです。「使わせる・使わせない」ではなく、「何を学ぶために使うのか。」そこから考える必要がありそうです。
ビスケットを「嫌いになる権利」?
対談も終盤。最後に小川先生が話したのが、「選択肢」としてのビスケットでした。
小川先生:
ビスケットって「選択肢」だと思ったんです。
そして、少し意外な言葉が続きます。
小川先生:
ビスケットを嫌いになる権利があると思うんですよ。
会場からも笑いが起こります。しかし、話を聞いていくと、この言葉には小川先生が障害のある子どもたちと関わってきた経験がありました。
文字を読むことが難しく、毎日の宿題に何時間もかかっていた子どもが、iPadを使うことで文字を読めるようになった。すると、その子は初めて「今日は宿題をやらない」という選択もできるようになったといいます。それまでは「やらない」という選択肢すらなかったのです。
小川先生:
道具がなかったから、学びにアクセスできなかった。
ビスケットも同じなのではないか。すべての子どもにビスケットを使わせるのではなく、一人ひとりに合った表現方法の選択肢の一つとしてビスケットがある。
選択肢があるから、「使わない」という選択もできる。好き嫌いを超えて、必要な人が当たり前に選べるものとして存在すること。対談では、それがユニバーサルデザイン(UD)にもつながるのではないかという話になりました。
宇宙人にもビスケットは通じる?
最後に原田博士が持ち出したのは、なんと「宇宙人」の話でした。
原田博士:
宇宙人は、どんなプログラミング言語を使っているんだろうって、ずっと考えているんですよ。
PythonやScratchは、人間が作ったプログラミング言語です。では、人間とはまったく違う知性を持つ存在なら、どんな方法でコンピューターに指示をするのでしょうか。そしてAIもまた、人間ではありません。
原田博士:
AIは人間じゃないので、違うプログラミング言語を考えるはずなんです。
そのうえで原田博士は、ビスケットのように「こうだったら、こうなる」という関係を表す仕組みなら、宇宙のどこかにもあるのではないか、と話しました。
突拍子もないようでいて、プログラミングとは何なのかを根本から考えさせられる問いです。
まとめ――AIがショートカットしてくれる時代に、何をショートカットしないのか
生成AIを使えば、これまで長い時間が必要だったことを一瞬でできるようになりました。それは大きな可能性を持っています。
一方で今回の対談から見えてきたのは、「すべてをショートカットすればよいわけではない」ということでした。
試してみる。
失敗する。
困る。
考える。
もう一度やってみる。
そのプロセスの中で、自分なりの理解や表現が生まれていきます。
大切なのは一つの正解を決めることではなく、何を学びたいのか、何を表現したいのかによって、自分で道具を選べることなのかもしれません。
AIが結果までの道のりをどんどん短くしてくれる時代。
私たちは、何をショートカットして、何をあえてショートカットしないのか。
小川先生と原田博士の対談は、そんな問いを参加者に投げかける時間となりました。
